量子力学の構造

 量子力学の構造を説明します。なお、概念が理解しやすいように、用語や、数式的な表現は、かなりの部分、量子力学の教科書に載っているものから変えてあります。

 ここでは、例として電子のスピンに着目します。スピンは、素粒子の性質を特徴づける物理量の一つです。スピンに着目して電子を見た場合、日常的に見ることのできる物を使って言えば、電子はN極とS極からなる磁石のようなものに見えます。勿論、普通の磁石と違って量子力学的振舞いをしますので、「量子磁石」と呼ぶことにします。因みに、日常的に見る磁石は、この量子磁石がたくさん集まって、その量子力学的性質が無くなったものです。以降、量子力学的性質が表れなくなるくらいに多くの素粒子が結合されて出来ている物体の状態を「巨視的」と表現することにします。図6に模式的に表した量子磁石と巨視的磁石の図を載せます。量子磁石が向きを揃えて並んだものが、巨視的磁石です。図6は模式的に描きましたが、我々が日常見る巨視的磁石では、磁石の材料となる物質の原子中の一部の電子が磁力の元になっています。

 次に、量子力学的振舞いについて説明します。今、磁石の向きについて考えますと、巨視的磁石は空間の中で任意の向きを取ることができます。ところが、量子磁石においては、「基本状態」の向きしか取ることができません。ここで、「基本状態」とは、向きの測定において、測定後に取りうる状態のことです。今考えている電子の量子磁石においては、2つの基本状態を持ち、その基本状態の向きは測定に用いる装置がどの方向を測定する構造になっているのかで決まります。ここでは、まず、測定装置が縦方向の向きを測定する構造になっているとします。この場合、基本状態は上向きか下向きとなります。

 そして、量子力学の対象物の状態は、基本状態が混ざり合った状態である「混合状態」となることがあります。これを状態の「重ね合わせ」と呼びます。例えば上向き50%と下向き50%が混ざり合った混合状態を模式的に図示すると、図7のようになります。

 繰り返しとなりますが図で示しますと、巨視的磁石では、任意の向きを取るのに対して、量子磁石では、向きが固定された基本状態の混合比率が変わります(図8)。このように、巨視的な物体や現象で連続的な値を取るものが、離散的な値しか取らない(今の場合、上向きか下向き)、という特徴を表現したものが「量子」という言葉の由来です。

 さて、量子力学では、この混合状態の時間変化が基本方程式(シュレーディンガー方程式)によって計算されます。そして、「観測」が行われると、観測値に対応した基本状態のどれかに確率的に状態が不連続的な変化を起こします。この不連続的変化の部分は基本方程式で計算されるものではありません。ここでの量子磁石の観測の場合、観測値とは、上向きとか、下向きとかの向きになります。

 ここから、量子磁石に関する測定について説明します。今、この図7に示される混合状態の量子磁石の向きが、上向きになっているのか、下向きになっているのか、という測定を行うと、100回の測定中、50回が上向きの結果となり、50回が下向きの結果となります。仮に、上向きが80%で下向きが20%の混合状態であれば、100回の測定中、80回が上向きの結果となり、20回が下向きの結果となります。このような量子力学的対象物の状態を測定することを「観測」と呼びます。そして、観測によって得られる結果は、基本状態のどれかであり、基本状態の混合の割合で確率的にその基本状態の観測結果が得られます。巨視的な物体が従う古典力学では、初期状態が決まれば、未来永劫対象物の状態が計算できるのと異なり、確率的にしか観測結果を計算できない点が量子力学の特徴です。

 ここで、量子磁石の向きを測定する実験(シュテルン・ゲルラッハの実験)を紹介します(図9)。この実験では、量子磁石(電子)をビームにして、不均一な測定用磁場の中を通します。不均一な測定用磁場により、上向きの量子磁石には上向きの力が加わり、下向きの量子磁石には下向きの力が加わります。

 図10に上向きの量子磁石に加わる力の説明を示します。測定用磁場を作る測定用磁石(これは巨視的磁石です)は、上のS極側を細くして磁場を集中させ、N極側よりも磁場を強くさせます。この構造により、量子磁石のN極が測定用磁石のS極に引き付けられる力の方が、量子磁石のS極が測定用磁石のN極側に引き付けられる力よりも大きくなります。結果として上向きの量子磁石に加わる力を合成すると、上向きの力となります。図と説明は省略しますが、下向きの量子磁石には下向きの力が加わります。

 図9に示すように、量子磁石は、測定用磁場を通過後、上向きの成分と下向きの成分の飛んで行く方向が上下に分かれ、空間的に広がりますが混合状態のままです。そして、検出器により検出され、上向きか下向きの状態が確定することにより、基本状態に変化します。それぞれの状態の検出確率は、混合状態における混合比率に等しくなります。これが、量子力学における観測過程の一例です。

 図9は量子磁石の場合の状況を示す図でしたが、仮に、電子が巨視的磁石と同じ性質を持っていたとした場合の状況を図11に示します。この場合は、測定用磁場に入る時点での磁石の向きに応じて、測定用磁場から出た後の電子の飛んでいく方向が色々な方向になります。この図11のような日常的な感覚と合った振る舞いと異なり、図9のような振る舞いをすることが量子力学に従う物質の特徴です。

 さて、話を量子磁石に戻して、次に、測定装置を変更した場合について説明します。基本状態は測定装置によって決まると書きましたが、測定用磁石を90度回転させた場合を示します(図12)。

 図12の測定装置になった場合、量子磁石の基本状態は、右向きと左向きになり、右向きか左向きが検出されます。図12における混合状態は、図13の場合です。

 図9と図12では、50%ずつ異なる方向に飛んでいく例を示しましたが、混合状態を構成する基本状態が、測定用磁石の向きにより、図7と図13のように異なるものとなります。そして、図7と図13では、左辺の状態は同じ場合もありますが、一般的には異なります。

 さらに言えば、ある測定装置を前提とした場合の基本状態は、別の測定装置を前提とした場合の混合状態になる場合があります。具体的には、図9の測定装置における基本状態は、図12の測定装置においては、次のように混合状態になります。

 図13の左辺の混合状態は、色々な状態があり得るもので、図14の左辺(上向きの量子磁石)がそのひとつである、ということです。

 量子力学の構造についてまとめます。

(1)量子力学の対象物は、観測される観測値に対応した基本状態の混合状態として記述される。

(2)観測によりある観測値が得られる確率は、対応する基本状態の混合割合となる。

(3)観測により対象物の状態は、得られた観測値に対応した基本状態になる。

(4)対象物のある時刻での混合状態(初期状態)が分かると、基本方程式により、観測が行われない限り以後の任意の時刻での混合状態が計算できる。